無名  沢木耕太郎


無名

無名


自己顕示欲や物事への執着心を持たず、世俗的な成功にも縁のなかった父。読書と音楽、一杯の酒を愛した無名の父の最期を看取る著者。
この本を読んで沢木さんのお父様を一言で語るとすれば「静」の人という印象。博学で知的な、それでいて傲慢ではない人。父の最期に向き合った時に、著者は今まで知らなかった父のことを知りたいと強く思う。それを通して今まであまり知られていなかった沢木さんのプライベートな事、生い立ちなどが伺われてとても興味深い。


まだ読んでる途中だけど、興味深い箇所を引用。

もしかしたら、私は父を畏れていたかもしれない。畏れていたのは、もちろん体力とか暴力とかの肉体的な力ではなかった。金とか権力とかの世俗的な力でもない。父はそうしたものから最も遠いところにある人だった。私が畏れていたのは、その膨大な知識にいつか追いつくことができるのかということだった。父には、何を訊いてもわからないということがなかった。この人といつか対等にしゃべることのできる日がやって来るのだろうか。そう思うと絶望的になることがあった。


沢木さんにとって父は守るべき対象として幼い頃から存在していた。だから沢木さんは物心ついてからただの一度も父親に反抗したり喧嘩したことがないと。それは父子の関係としてとても変則的だったと。

たぶん私は父をいつまでも畏怖する対象でありつづけさせておきたかったのだろう。しかし、実際は、そう思ったとき、すでに父は畏怖する対象ではなくなっていたのだ。つまり、あらゆる意味において、反抗すべき父親は存在しなくなっていた・・・・。