読了


熊の敷石

熊の敷石


表題作「熊の敷石」は第124回芥川賞受賞作。他に「砂売りが通る」「城址にて」の3編収録。
前から読みたいと思いつつ、この著者のものはこれが初。まずタイトルに惹きつけられる。熊の敷石、砂売りが通る。素敵。と同時にどんな話なんだろうと興味が湧く。
最初のページから思いっきり引き込まれました。言葉の紡ぎ方や表現がとても美しい。過不足のない表現、というのか。読みながらその情景がすっと入ってくるこの感覚はなんだろう。そのことだけでもいきなり感動してしまう。いい小説だなぁ・・。
この題名は物語中に出てくるフランスの寓話、ラ・フォンテーヌの「熊と園芸愛好家」に拠る。ある園芸家の老人と熊。二人はとても仲が良く、ある日昼寝をしている老人の鼻先に止まった蝿をどうしてたって追い払うことができず、熊はそこにあった敷石を投げつけ蝿もろとも老人の頭をかち割ってしまった。

無知な友人ほど危険なものはない。
賢い敵の方が、ずっとましである。

これが転じて今ではいらぬお節介のことを“熊の敷石”という。熊というのは昔からいろんな象徴として捉えられていたのだなぁ。悪気もなしにその驚異的な力で不幸を招いてしまう。


他にも興味深い箇所が多々あった。たとえば“悲しみ”というものについて。

公の悲しみなんてありうるのだろうか。(略)
本当の意味で公の怒りがないのとおなじで、怒りや悲しみを不特定多数の同胞と分かち合うなんてある意味で美しい幻想にすぎない。痛みはまず個にとどまってこそ具体化するものなのだ。(略)
大切なのは個のレベルで悲しみをきちんと伝えていくことなのだ。