大崎善生 『パイロットフィッシュ』

人は、一度巡りあった人と二度と別れることはできない。
なぜなら人間には記憶という能力があり、そして
否が応にも記憶とともに現在を生きているからである。


冒頭からいきなり物語の真髄をついてくる。巨大な湖のような場所に沈殿している無数の過去。それはたとえ日常には忘れ去っていたとしても不意に浮かび上がってくる、けれど決してその手に取ることはできないもの。
パイロットフィッシュ”とは、水槽内の環境を整えるためだけに犠牲的に飼われる魚の事で、その存在はなんともやりきれないけどそれが現実なんだろう。そしてそれは人間にも言えること。他の誰かのパイロットフィッシュ的な役割。


読み口が軽くすぐに読めてしまう。全体的に感傷的で、つじつまがうまく合いすぎる箇所が多いように感じる。苦手かもしれないと思いながら読んでいたのに、読後には意外にも感動がひたひたと押し寄せてくる感じで、この人の作品好きかもしれない、と思う。
最近文庫化したらしい『アジアンタムブルー』も同じ男が主人公のようです。そういえば『パイロットフィッシュ』の中でもアジアンタムという植物が出てきてとても印象に残っている。こっちも読んでみようかな。


主人公のちょっとした会話の中で「傘の自由化」の話が出てきてびっくりした。これは私自身も日頃からよく思い、結構真剣に、そうなればいいなぁと思っていることだったので。ほんとに自由化されればなー。もう傘を忘れることもないし、忘れるのをおそれることもない。しかも至極便利。
因みにこの傘の話も物語のキーワードのひとつになっています。

パイロットフィッシュ (角川文庫)

パイロットフィッシュ (角川文庫)